昭和末期に子供時代を過ごした筆者にとって、「ハロウィン」は馴染みのないイベントでした。
少なくとも小学校までは「ハロウィン」という言葉さえ聞いたことがありませんでした。
今は10月が近付くとハロウィン仕様のお菓子が店頭に並び、ハロウィンパーティーがあちこちで開催されています。
ハロウィンといえばカボチャで作る「ジャック・オー・ランタン」が思い浮かびますが、どうしてハロウィンにはカボチャがつきものなのでしょうか。
ハロウィンの由来やカボチャとの関係性を知ることで、今年は一味違ったハロウィンを楽しんでみませんか?
そもそもハロウィンとは?
古代ケルト族が起源
ハロウィンは映画などの影響から、アメリカのお祭りというイメージを持ってしまいそうですが、その起源はヨーロッパにあります。
元々はアイルランドのケルト族の間で、10月31日に行われていた行事です。
古代のケルト暦では10月31日(万聖節の前日)が日本でいう大晦日にあたり、死者の霊が戻ってくるとされていました。
しかしそれと共に悪霊もやってくる、魔女が黒猫を連れてきていたずらをするともいわれていました。
そのため、悪霊から身を守ったり、追い払ったりするためにお化けなどの仮装をして人間とわからないようにしたそうです。
今もハロウィンで仮装をするのはこの名残で、お化けや幽霊の他にも魔女やコウモリといった「怖いもの」に扮するのが殆どです。
日本のお盆にも似た祭事ですが、そこには秋の収穫に感謝する意味合いもこめられていました。
アメリカに渡って現在の形に
19世紀になってアイルランドの移民からアメリカに持ち込まれ、宗教儀式というよりはお祭りとして広まりました。
「Trick or Treat?(お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ)」というフレーズはアメリカで生まれたもので、子ども達が近所の家を回ってチョコレートやキャンディといったお菓子をもらうというのはもうお馴染みです。
もちろん仮装をする風習もそのまま受け継がれ、大規模なパレードなども行われています。
日本に根付いたハロウィン
昭和の子供には殆ど馴染みのないイベント
日本でも今や当たり前のように年中行事となっているハロウィンですが、現在のように一般に広まり始めたのは平成になって何年も経ってからです。
日本に上陸したのは1970年頃と50年以上も前ですが、浸透するまでには意外に時間がかかっています。
現在では幼稚園や保育園、小学校や子供会、学童保育などで盛んにハロウィンイベントが行われていて、仮装やお菓子の交換を楽しみながら海外の文化に触れる学習としての側面もあります。
筆者は昭和後期に子供時代を過ごしていましたが、地方在住だったこともあって秋の行事といえば運動会や遠足、芋掘りくらいでハロウィンのハの字もありませんでした。
初めて「ハロウィン」という行事があることを知ったのは、スティーヴン・スピルバーグ監督の名作「E.T.(1982年)」を観たのがきっかけでしたがそれっきり忘れていたくらいです。
昭和末期、お菓子業界はハロウィンに注目していた
多くの日本人にとってハロウィンという言葉は映画で耳にした程度で、クリスマスやバレンタインデーのように誰もが知るようなイベントとは程遠いものがありましたが、お菓子業界はいち早くハロウィンに注目していました。
全日本洋菓子工業会から発刊されている製菓技術専門誌「世界の菓子 PCG」の1988年(昭和63年)8月号では既にハロウィン特集が組まれています。
洋菓子メーカーの老舗モロゾフでは1975年前後からハロウィン商品を展開していましたが、「PCG」編集部が1987年に都内近郊の洋菓子店約50社に対して調査を行ったところ、ハロウィン商戦を手掛けたのはわずか10%程度でした。
夏の終わりごろからハロウィン仕様のお菓子が山のように並ぶ現代では考えられないことですが、ハロウィン参入に消極的な理由の最も大きなものが「イベントの性格を理解していない」というものでした。
ケルト族の宗教的な行事を由来としてアメリカを経由し日本に渡ってきたハロウィンですが、その行事の何たるかを深く理解されなかった時代が長かったのも確かです。
日本のハロウィンはどう進化したか
2010年代から、ハロウィンというと渋谷スクランブル交差点での盛り上がりが取り上げられていますが、羽目を外し過ぎてネガティブな印象が強くなっています。
仮装というよりコスプレをして大人が大騒ぎをする、というハロウィンの本来の意味合いからかけ離れてしまいましたが、日本の「コスプレ文化」がハロウィンの仮装と良くも悪くもマッチしたような気がします。
ハロウィンが日本で一気に認知され始めたのは、1990年代後半の東京ディズニーランドでのハロウィンパレードといわれていますが、1983年には原宿でもパレードが行われ、参加者は数百名程度だったそうです。
お菓子メーカーの地道な努力と、大規模なイベントが功を奏してハロウィンは日本に根付きましたが、本来の「悪霊払い」というよりは「お菓子と仮装を楽しむこと」が独り歩きして独自の進化を遂げているといえます。
いずれにしても本来の意味を忘れて羽目を外すのはいただけませんが……
ハロウィンとカボチャの関係
最初はカボチャではなかった!
ところで、ハロウィンといえば大きなカボチャをくり抜いて作る「ジャック・オー・ランタン」がよく知られています。
私たちが普段煮物などで口にするカボチャとは種類の違う、オレンジ色の大きなカボチャですが、元々アイルランドではカボチャではなくカブが使われていたそうです。
アメリカではカブが一般的ではなく、ハロウィンの時期に収穫されるカボチャが用いられるようになりました。
ちなみに、ハロウィンで使われるカボチャは観賞用や家畜の餌用として栽培されるものなので、美味しくはないとか。
顔の形にくり抜く理由
ハロウィンの時期に飾られる「ジャック・オー・ランタン」ですが、その由来は「ジャック」という悪いことばかりしていた男です。
悪事を重ねていたジャックは、死後に地獄に落ちないという契約を悪魔と結んでいましたが、もちろん天国にも行けません。
地獄にも行けず永遠にさまよっているその姿がカボチャに彫られたわけですが、怖い顔、悪い顔をしていますよね。
火を灯してランタンとして飾ることで、魔除けや悪霊払いとされています。
まとめ
2000年代に入る頃から、日本でもハロウィンが年中行事として身近なものになりました。
ハロウィンはアメリカのお祭りという印象が強いですが、起源は2000年前のケルト族による「大晦日に死者の霊が戻ってくる時に一緒についてくる悪霊を払う」儀礼的なものでした。
移民によってアメリカにもたらされてからは、子供たちが近所の家を回ってお菓子をもらうという独自の広がりを見せて、長い時間をかけて日本に定着しました。
なかでも、洋菓子業界は早いうちからハロウィンに注目しており、それが今にも繋がっています。
現在、日本でのハロウィンは「仮装、お菓子、カボチャ」に集約されている感がありますが、ハロウィンの由来に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
参考文献:世界の菓子PCG 1988年8月号